SSブログ

【無人島279日目】黒柳徹子 "トットひとり" [BOOK]

トットひとり

トットひとり

  • 作者: 黒柳 徹子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2015/04/28
  • メディア: 単行本

279日目。先日実家に帰って、母親と居間で世間話をかましていた時のこと。テレビからある有名人の訃報が流れ、不意に「そうそう、アタシの『遺書』は鏡台の引き出しに入ってるからね」みたいなことを、母親が何気ない口調で言い出し、ボクは驚くというよりも、オロオロしてしまいました。もう少し若い頃なら、笑いながら「ナニ言ってんの?」的な切り返しをしたでしょうが、傘寿を超えた親がポロリと切り出した遺書の話を、「ナニ言ってんの?」と混ぜ返すのは、いくら息子でも失礼に当たる気がしたのです。どうしよう?どう返そうか?と態度を決めかねている間にテレビは別の話題に移り、なんとなくそのままになってしまいました。ボクはいい歳をして、夕暮れどきに迷子になった子供のような、なんとも心細い気持ちになったのです。


黒柳徹子氏が6年ぶりに上梓したエッセイ『トットひとり』を拝読いたしました。御歳81歳。日本のテレビ女優第1号であり、テレビ草創期から現在まで継続してレギュラー番組を持ち続けている、唯一のタレントなのだそう。そう言われると確かに子供の頃からずーっとテレビでお見かけしていて、今でもかなり高めの頻度でお目にかかるタレントさんは、この方以外にいらっしゃいません。

エッセイでは、『ザ・ベストテン』のプロデューサー・山田修爾氏との思い出、親しかった作家・向田邦子氏と過ごした日々、兄と慕っていた渥美清氏、母と呼んでいた沢村貞子氏、師であり戦友だった森繁久彌氏との懐古談などが、あの口調を彷彿とさせる話し言葉のような、耳心地のよいトーンで綴られております。ただこのエッセイ集が、いままでの彼女の著作と明らかに違うのは、語られるすべての人々が全員「故人」になってしまっているところでしょう。


歳をとると、親しい人がどんどんいなくなって、本当に寂しくなるんだよ——そういうふうに、若い頃から聞かされてきて、実際、私もいろんな友達をなくしてきて、それでも、「それはもちろん寂しいには違いないけど、でも……」って考えてきたのだけど、セイ兄ちゃん(杉浦直樹氏)までいなくなって、ああ、本当にそうなんだな、と今ではつくづく思う。(中略)みんな、もっと仕事をしたかっただろうから、そのかわり、私ができるだけ長生きして、元気に仕事をしなきゃ……という風には、全然思わないものだとも、わかった。みんな、残った人間にそんな事を思わせない、大きな人ばかりだった。(『トットひとり』抜粋)


例えば我が身に置き換えて、伴侶も子供もいず、周りにいる友人や仕事仲間、親や兄弟といった身内がどんどん死んでいき、自分ひとりだけが残ってしまったら……と考えると、それはある意味、自分が死を迎えることを想像するよりも、はるかに恐怖ではないかと思うのです。あのトットちゃんが今、そんな孤独の中にいらっしゃるのかと思うと、なんだかやりきれませんが、エッセイの最後に彼女はこんな風に綴っています。


でも、あの輝きを、もう一回取り戻したいとは思わない。それは「なげくなかれ」、嘆いても仕方がない。ただ、私が喜劇をやる時、いま味わっているような寂寥感を身をもって知っておいた方が、人生のさまざまなことを理解し判断でき、「その奥に秘められたる力を見出す」ことができて、もっといい表現ができるのかもしれない、とは思う。私は、そう願っている。(『トットひとり』抜粋)


老年の孤独でさえ「芸の肥やし」だと言い切るその女優魂は圧巻ですが、読み終えてボクは、この本は黒柳さんの「遺書」なのだろうなと思いました。自分が誰と出会い、何を思い、どうやって働いてきたかを綴った「生きた証」としての「遺書」。そして残されたものの使命として、一緒の時代を生きた愛すべき人々の言葉や姿を語り継ぐための「遺書」。


本を書きながら、「あぁ、これだけすばらしい人たちも、みんな死んでいくんだ」と、つくづく思いました。自分は、これだけの人たちと別れたのか。死というのはどういうところかわからないけれど、これだけの人がみんな通った道なのだと思うと、死ぬのが怖いという気持ちにならなくなりました。(『婦人公論』5月26日号インタビュー抜粋)


黒柳さんとほぼ同い年のボクの母は、なにを思い、なにを遺書に記したのでしょう。文学好きの母のことですから、ちょっとした大作になっているやも知れません。楽しみなどというと語弊がありますが、興味はそそられます。まだまだ当分読める日が来ないことを祈りつつ、テレビを見つめるそのすました横顔を、そっと眺めておりました。


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。